2015年6月8日月曜日

【雑記】授業の「質」を考える【教育論】

甘えは言い訳にしかならず、
妥協は悔いしか残さない。
自分が本当になすべきことを考えろ!



河合塾で働いているときから、授業は受け手側の問題だ、と思っています。
今もその考えは変わりませんが、それでも「学校」という現場では、教員の求められるところも大きいのだと痛感しています。


■その授業で何が得られるか考えよ!

この話は教員側の話なので、あまり生徒の皆さんにはしたくないのですが、やはり良い授業と悪い授業を「客観的」に見分ける術は持っておいた方が良いのかもしれないと思い記事に起こします。


本日、我が校で研究授業がありました。
私は自身の授業の関係と部活と学校運営と出張の関係で(業務多すぎじゃねえか(;´Д`)?)、この研究授業に参加できなかったのですが、そのあとの検討会と親睦会(という名の飲み会)には参加してきました。

やはり、そのような話し合いで他の教員の考えを聞くことは非常に役立つことで、自分の授業の拙さを改めて痛感させられる思いでした。


で、まあ前置きは良いとして、良い授業というものの観点をまとめてみると・・・
(実際はこれも一概には言えず、人それぞれではあるわけですが)


・授業での「狙い」が明確であるか。
 →これは、生徒にその一時間で何を教えたいか。ここだけは理解させたい、というポイントがあるかです。
・生徒の理解度に合った授業であるか。
 →クラスによっては上位層から下位層までいて、設定が難しい場合もあるが、生徒への質問方法などで上手く補えると成立できる。
・一方通行の授業でないか。
 →アクティブラーニング(能動的学習)形式の授業展開がなされるかどうか。生徒を上手く使えるか。
・如何に聞かせることが出来るか。
 →板書が綺麗でも書く量が多いと、メモを取ることでいっぱいいっぱいになってしまい、説明が頭に入らない。プリントなどで書く量を減らし、説明を取る時間があるとよい。


よく「出題者の気持ちになって考えろ」などと指導しますが、授業に関しても同じことが言えるのではないかと思います。

つまり、問題の意図を考えることで各大学の傾向対策や定期テスト対策が出来るように、授業の意図を考えることで、より授業を理解することにつながるのではないか、ということですね。

先生の側に立って考えることで、授業で掴まなければならないポイントが分かり、より具体化した学習ができるようになります。逆にその授業で得たものがゼロであるならば、質問に行かないといけないでしょう。

「先生、今回の授業では〇〇の部分が理解できればよいということでしょうか?」
まあ、こんな質問はちょっとしにくいでしょうが、それくらいの覚悟と必死さで授業に臨んで欲しいわけですね。


結局、受け手がどうするか、みたいな話になってますが、
でも実際、やはりそうだと思うんです。
みなさんが「この授業(´・д・`)ヤダ」「あの先生(´・д・`)ヤダ」とか思って臨んでいたらなにもならないし、先生も決して「この授業(´・д・`)ヤダ」などと思って授業に臨んでいません。結局自分がどう思おうが、授業は進みますし、受験はやってきます。その時に「この授業だったからダメだった」とか「あいつのせいで受験は上手くいかなかった」とか、言い訳しても虚しいだけですよね。

だったら与えられたものを最大限活かすことを考えた方が有意義ではないですか?


授業だけではないですが、やはり何事も全力で取り組むことで見えるものがあるのだと思います。


さあ皆さん。
明日からちょっと気持ち新たに授業に臨んでみませんか。
以外に、必要ないと思っていた教科からの方が、得るものが大きいかも知れませんよ。


頑張っていきましょう!

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