2014年11月4日火曜日

【雑記】交通機関に優先席は必要か否か【ディベート】

よくよくディベートで議論されているタイトルの論題。
皆さんはどうお考えですか。


私の学校では『国語表現』という授業でディベートを扱うとき
このテーマを練習(マイクロディベート)や意見文として提示します。



大抵この手の議論は煮詰まっていて
肯定派の意見も否定派の意見もある程度決まっています。

《肯定派》「優先席は必要である」
・優先席があることによって、お年寄りや妊婦の方が座りやすい環境を作っている。
・優先席があることによって、「譲る精神」の育成を促している。
・優先席がないと、「誰かが譲るだろう」という気持ちが現れ、結果席を譲らない人が増える。
・優先席がないと、座るべき人が安心して乗れない。(医療機器を付けた人など)   ……などなど


《否定派》「優先席は必要ない」
・優先席があるから、座りたくても立ってしまう人が出る。(空席があるのに座り難い)
・優先席があるから、通常の席で席を譲らない人が出てくる。
・優先席があっても、譲らなければならない人が明確でない。(老人に譲ろうとしたら怒られた)
・優先席があっても、ルールを守っている人などいない。(携帯の電源を切っていない) ……などなど


ディベートとは、議論の勝敗をつける「ゲーム」のようなもので
勝った方の答えが「正しい」と決まるものではありません。

なので最終的に行き着く答えというのは「各人の思いやりがあれば優先席があろうがなかろうが関係ない」なんてものかもしれません。


しかし、
この論題を考えることは、現代社会の抱える闇や、ものの伝え方など多くのものを同時に考えることになるのだと、気が付くことが最近ありました。



通勤する際に利用している鉄道でのこと・・・
――――――――――――――――――――――――――――――
とある学生(仮にA君としよう)が、席が空いていたので優先席に座っていました。
その対面に40代くらいのおばさんが座っていました。
そのおばさんの横に、学生(B君としよう)が座っていました。
A君が退屈したのかカバンから携帯を取り出します。
するとおばさんがA君の前まで行って大きな声で「こら!携帯は使っちゃダメでしょ!」と怒りました。
A君はビックリして、少し怪訝そうな顔で携帯を仕舞い、席を立ってどこかへ行きました。
それを見ていたB君までおばさんの横を離れてどこかへ行ってしまいました。
おばさんは「別に携帯を使わなければ座っててもいいのよ・・・」といいましたが、誰も寄り付きません。

駅を跨いで、今度は20代くらいの女性が乗り込んできました。
A君と同じように携帯を使って、同じようにおばさんに注意されました。
そして、A君と同じようにどこかへ移動しました。
またおばさんは繰り返します。「ルールを守れば座ってもいいんだってば!」、と。
――――――――――――――――――――――――――――――

皆さんこの一連の状況を読んでどのような感想を持ちますか。
これ、簡単なようですごく深い状況だと思いませんか。


以下に空井の見解を述べます。
――――――――――――――――――――――――――――――
まず、おばさんは何も間違っていません。
言っていることもやっていることも全て正しい。
今時の言葉で言えば「ぐぅ正(ぐぅの音も出ない正論)」です。

しかし、現代っ子はこの「ぐぅ正」という奴に滅法弱い。
何も言い返せないので、シュンとするのではなく、「何だよ全く!」と開き直る人の方が多い。

これは現代社会の悪い部分でしょう。
昭和終わりから平成初期は周りの大人が怒鳴ったり叩いたり(時には殴ったり)することが普通でした。
私もいけない事をやって、全く知らない人から怒られたことも、殴られたこともあります。
でもそれでその人を恨んだとか、開き直ったとかいうことはなかった。
少なくとも「やってはいけないことをしたんだ」と反省しました。

しかしこのご時勢、それをやると「殺される」危険性が出てきた。
だから出来ない人が増えた。
社会も「殴るなんてひどい!!」という風潮になった。
確かに、殴るのは行き過ぎでしょうが、社会がそれを隠したりやらない方向へ持っていくのはよろしくないと思います。
まあ兎に角、そんな社会だから必然的に、怒られることに耐性のない若者も増えます。


また、B君の態度も興味深い(実はこっちの学生は我が校の生徒)。
彼が注意されたわけでもないのにその場を去っています。
これは先に挙げた《否定派》の「優先席があるから、座りたくとも座れない人が出る」というデメリットを強めているようにも思います。
恐らくB君は何もしていないにも拘らず、これ以降優先席に座る回数はぐっと減るでしょう(もしかしたら一生座らないかも・・・)。

これも現代っ子に多い心理ではないでしょうか。
「面倒くさいことに巻き込まれたくない」という心理が働いているものと思われます。
おばさんの注意は、関係ない人にまで影響を及ぼしたことになります。
(言い換えると、影響を及ぼしやすい社会だと言えます。)


であれば、ここから考えられることは二つ。
・おばさんが現代っ子に合わせてものを言う、つまりもっとやさしく問いかける様に諭すべきだった。
おばさんのようなものをはっきり言える人をもっと社会が応援してあげる姿勢を作るべきだ。


私としては後者を取りたい。
原点回帰、とまでは行きませんが、悪いことをやったら注意されて当たり前、という姿勢は必要でないでしょうか。何か、現代社会全体が「人」に対して壁を作りすぎているように感じます。

特に、おばさんがペースメーカを付けていたかはわからないですが、少なくとも《肯定派》の「優先席がないと、座るべき人が安心して乗れない」というメリットをきちんと理解し守っている人だということは分かります。その様な人を少なくしたくないですしね。

――――――――――――――――――――――――――――――

さて、皆さんはどうでしょうか。
結構人の意見を聞いた後だと、流されやすい人がいますが、ご自身の意見に自信を持ってくださいね。それもディベートや他の話し合いで、自分の意見に説得力を出すための材料です。



日々何かにつけて「あれはどうだろう」「これはどう考えればいいのだろう」と、疑問を持てる人間になって下さい。
そして出来ればその考えを、家族や友達と議論して煮詰めて見て下さい。
どこかで書きましたが、思考し続けること、これは人間を伸ばす最良のスパイスです。

私は勉強できる人を「頭良いね」とは言いません。
それは「勉強が出来る人」止まりだからです。「勉強できるバカ」は沢山います。

本当に「頭の良い」人とは、物事を深く考えて行動できる人物です。
私、「勉強はできないけど頭の良い人」は大好きですよ。

そして世間で広く受け入れられるのは、恐らくそういう人物です。
皆さんの成長に期待します!




※ちなみに上記ディベートの+αな視点として「目に見えない優先席を必要とする人」がいることを示しておきます。この人のことを配慮できると、ディベートでは一歩先を行けるでしょう。

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