2014年3月7日金曜日

【雑記】向上心と真面目さ

(今回は、仕事の話とそれに基づく生徒指導の話)


一人がこんな意見を言った。
A「まずは、しっかりしたマニュアルを作成すべきだと思う」

一人がこんな意見を言った。
B「まずは、しっかりした人材を集めるべきだと思う」


みなさんはどちらに賛成しますか?


私の答えは、
二人の意見を合わせてはじめて成り立つ、ですね。


この答えはずるいですか(笑
でも、片方ではダメなんですよね。


何かを形にし、運用するには「マニュアル」は必要です。
しかし、マニュアルありきの対応になってはまずいので、それを確実且つ臨機応変に使用できる「人材」でないと、マニュアルの使用には不安が残る。


では、「有能な人材」だけで全ての仕事が出来るかと言うと、これもまた難しい。
有能な人材だけ集めても、バラバラでまとまりがなくなる可能性がある。
だからそれをまとめるためにも「マニュアル」が必要になる。


だから、これらは二つ揃って初めて効果を発揮するものである、と思う。

今から会社を立ち上げるならB⇒Aの順に構築すれば良し。
既存の会社で仕事をするならA⇒Bの順に構築すれば良し。


で、私が今いる学校は、勿論後者なわけですが、これがまたひどい!!

どちらも揃ってないのだから(笑
そして揃えようともしていない(笑

教師ってのは本当に“外”では使い物にならない人材だと思う。
うちの学校では事務職も怪しいんだけど・・・。


私は、四年間ではあるが“外”の世界を経験して来た。
これは非常に大きなアドバンテージだと、今正に感じている。


だって生徒に教師が教えられることって非常に限られている。
どこかで述べたけど、学業なんてものは教師から教わるものじゃなくて、自分でやるものだ。
ぶっちゃけ教師に学力なんてものはいらない!(←極論)
勿論あるに越したことはない。
でも、国語の事だけ延々と教えることが教育だろうか。

じゃあ教師から生徒へ教えられることってなんなんだ。
教育の本質ってなんなんだ。って考えたとき、自分は『生き方』だ、という答えに行きついたのだ。


「先生」ってのは「先に生きる」人のことをいう。
決して自分より「先に生まれた」人のことではない!
自分より「先を生きている」人ならだれでも先生だ。


なら私は、自分の『生き方』を生徒に教えるべきだ。
私が生徒よりも「先」を行っていることを全て生徒に教えるべきだ。


こうすると上手く行きやすい。
こうすると失敗しやすい。
こんなことして失敗した。
こんなことして成功した。
これだけは外してはならない。
これだけはやらねばならない。
ここは手を抜いても良い。


それを伝えることが教育の本質だ。
生徒はこれから大学、社会人とステップを踏む。
その中で、少しでも上手く立ち回れるように。
少しでも上に行けるように。
そのための考え方や行動の仕方を教えてやるのが教育だ。

学校は綺麗ごとだけ教える場所であってはならない。


だから私は、生徒を指導する際に「人」に重きを置いて指導する。


学力云々は置いておいて、まずは一人の人間としてやらなければならないことを
礼儀から報・連・相の仕方に至るまで、ノート提出や課題を通して指導する。

それらが、この先生きていく上で必ず必要になるから。
そして、そのような人になれれば、必ず学力がついてくるから。


「向上心と真面目さだけは、大人になってからでは教えられない」

尊敬する元上司に言われたことだ。
学校に身を置いて「その通りだ」と痛感した。



君たちが手に入れるべきは、まずその二つだ。


頑張れ。

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